#10 天使の分け前
八ヶ岳高原が好きで、昔度々尋ねた。
当時は車を持っていなかったので、もっぱら電車の旅だった。中央本線から小海線に乗り替えるのが小淵沢駅で、行き帰りの寄り道にサントリー白洲醸造所を訪れるのが好きだった。実に楽しい寄り道だ。
醸造所のエントランスがとにかく嬉しい。
ブリュワリー(醸造所)に近づくに連れて沿道の木の表面が黒くごつごつしてくる。聞くと、これはブリュワリーから周囲に発散される微量なアルコールで繁殖する菌の仕業だそうで、木には何の害も無いのだという。最初に見た時はぎょっとしたものだが、見慣れると、また帰ってきたな、と言う懐かしさに変わった。
オーレオバシディウム プルランス菌などという大仰な名前がついているのだが、適度なアルコールがないと元気がなくなる奴だそうで、何だか親近感を覚える。
ところでこのアルコールはどこから来るのだろうか。
通常ウィスキーはオーク(楢)の木で作った樽に入れて熟成される。
何年、何十年と長く貯蔵されている間に、段々量が減ってくる。それと同時に最初は透明だった原液は次第に琥珀色に色づいてくる。
この目減りする分を、「エンジェルシェア…天使の分け前」と言うのだそうだ。何とも洒落たネーミングだ。ちなみにシャンパンをそっと抜く時の、シュゥ、と言う音は「天使のため息」と言うのだそうだ。天使もなかなか忙しい。
さて、このエンジェルシェアこそ、木の表面の黒いごつごつを育てる栄養に他ならない。
酒飲み天使達は、実は醸造所の木々の周りにたむろしてたのだ。
だから懐かしく感じるのだな。
ちょうど行きつけの店に入ると、顔馴染みの常連が「お、久し振り!」と迎えてくれているのと同じだ。
天使達に迎えられて訪れる白洲の醸造所。
コロナが収束したら今年もまた行きたいものだ。
写真は山崎蒸留所のもので、イメージです