#11 後ろめたい酒
後ろめたい、と言う言葉を辞書で引いてみた。
「他から疑惑、不信、軽蔑などの目で見られるような点が自身の側にあること、または、あると思い込んでいるところからくる心の動揺(おもに罪悪感、羞恥心、気持の負担など)を表わす。気がとがめる。気がひける。気恥ずかしい。」
お酒を飲むことは、少なくとも成人なら別に法律的に悪いことではないのだから、そのこと自体に後ろめたい気持ちを持つ必要はない。 だが、「いやぁ、つい飲んでしまって……」と言う言い方をするように、お酒を飲む、と言うことは、自制心の欠如や享楽的で自堕落な姿勢を暗示しているように感じる。 もちろん、仕事があるのに誘惑に負けて飲んでしまったり、適量を超えて飲んで人に迷惑をかけたり、ひどい二日酔いで約束をすっぽかしたりしたなら、それは恥ずべきことだろう。 こう言う場合は後ろめたいと言うより、後悔すると言うべきだろう。 そうでない限り、お酒を飲むことに後ろめたさを感じる必要はない。にもかかわらず、少なくとも僕は時として飲むことに後ろめたさを感じる。
先週の月曜日、毎年受けている大腸内視鏡の検査を受けた。 その前日、僕は検査に備えて丸1日、検査食と称するレトルトのお粥やスープだけを口にしていた。毎年検査前日はまるで病院に入院でもしたかの如く、我慢の1日になるのだ。 以前、このコラムでお話ししたが、僕は週末だけ飲むようにしていて日曜日は、その大切な「飲める日」なのだ。その大切な日曜日がたまたま検査前日になってしまい、お酒を飲むことができない。いつもならたとえ飲める日でも飲まない日はよくあることなので、どうってことないはずなのだが、なぜかその日に限ってとても寂しく悔しかった。多分、自分の意思で飲まないのは平気だが、禁酒を強いられているのが嫌だったのだろう。
そこで改めて考えてみた。今日、飲んだら一体どうなるのだろうか。大腸内視鏡検査の前日に検査食だけを食べるのは、お腹の中に食物繊維などの浮遊物を残さないようにして、よりクリアな視界を得るのが目的だ。さらに検査直前には大量の洗浄水を飲んでお腹の中を徹底的に洗うことになる。 お酒には何かお腹にたまる浮遊物はあるのか? ない。 お酒を飲むことによって何か検査に支障は出るのか? 多分支障ない。 お酒を飲むことによって、急に腸の状態が悪くなったりするか? 飲み過ぎなければ何も変わらないだろう。 と言うことは、飲めるじゃないか!! 驚くべき結論が導かれた。 内視鏡検査の前日に飲むなんて、もってのほかと長年思ってきたのだが、冷静に考えてみると飲んではいけない理由はない、と気づいてしまった。
そこで、飲んだ。
ほんの少しだけだが、白ワインを飲んだ。可愛い話だが、赤ワインを飲まなかったのは、色付きの酒だとなんだか見えにくくなるように思ったからだ。そんなはずはないのだが。
そしてどうだったかと言うと……後ろめたかった。 本当に後ろめたかった。
あぁ、なんて僕は自制心がないのだろう。なんて意志が弱いのだろう。 飲みながら、ずっとそのようなことを考えていた。 そんなことを考えながら飲むなんて、本当にお酒に申し訳なかった。やはりお酒は心置きなく飲まなくてはいけないと、改めて思った。後ろめたい酒は、やはり飲まないに限る、それが今回の教訓になった。