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  ドーハの悲劇
Rakza MAGAZINE

ドーハの悲劇

2020.10.28
編集長の独り言
田中 尚雅

1993年10月28日、カタールの首都ドーハのアルアリ・スタジアムで行われた日本代表の試合が、以降このように呼ばれることになった。

1994年のFIFAワールドカップアメリカ大会のアジア地区最優予選の最終節のこのゲームは、日本は勝てばワールドカップへの初出場が決まる試合であった。

 

日本代表は優勢に試合を進めて2−1で迎えた89分90秒、イラクは日本のパスをカットし、ショートコーナーからセンタリング、オムサム・サルマンのヘディングシュートはゴールキーパー・松永成立の頭上を超える放物線を描きながら日本のゴールに吸い込まれた。

この瞬間、日本は韓国と勝ち点で並ぶも得失点差で下回ることになり、初のワールドカップ本戦出場を逃すことになった。

茫然と崩れ落ちる選手の姿は、今も記憶に残っている。

 

しかし、日本代表はその次の大会でジョホールバルの歓喜と呼ばれる試合で勝利を収め初のワールドカップ 進出を決め、以降6大会連続で出場している。

 

それにしても、あの時のドーハの映像は、心の底にずっと蟠っている。

田中 尚雅
Naomasa Tanaka
クリエイティブ部門を担当する田中尚雅です。MAGAZINの編集長でもあります。
社会が幸福になるには、それを構成する一人ひとりの幸福こそが必須です。 そのために、あらゆる方法で人と伴走したいと考えています。
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