元禄7(1694)年10月12日、松尾芭蕉は鬼籍に入った。旅先、出生の地でもある伊賀上野でのことだった。時雨忌とも呼ばれる。
詳しい生年月日は分かってないが、およそ50年の生涯だった。
その中で、最大の取り組みは、やはり「おくのほそ道」への紀行であったろう。
弟子の曾良を伴い、江戸から下野・陸奥・出羽・越後・加賀・越前などその旅程は、約5か月2400kmに及ぶ旅だった。
芭蕉が江戸に戻るのは元禄4(1691)年晩秋のころ、そこから残された人生の時間を考えても、「おくのほそ道」への旅が、彼の一生の中で大切な部分を占めていたことがわかる。
芭蕉の俳句に傑作は数多あるが、秀逸だと思う一句がある。
「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」
山形県の立石寺で詠んだ句である
先日、この句の英訳を読む好機を得た。その訳は、
Up here, a stillness
The sound of the cicadas
Seeps into the crags
日本で多くの文学賞なども得た、アメリカの詩人・翻訳家のアーサー・ビナードによるものだ。閑かさをsilenceと訳すと無音・無声の状態となりsoundとの組合せに難があるという。しかもサイモン&ガーファンクルの『The Sound of Silence』のイメージもこだまして、元の句の世界観を邪魔するというのだ。
それでstillness、静寂に加えて動かない様をも表すという。深い・・・
芭蕉の句は、世界中の言語に訳され、楽しまれてもいる。