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  黒田清輝の忌日
Rakza MAGAZINE

黒田清輝の忌日

2021.07.15
編集長の独り言
田中 尚雅

日本近代洋画の父と言われる黒田清輝は、1866年薩摩藩士黒田清廉の子として生まれる。

法律を学ぶためにフランスに留学したが、画家に転向することを決意し、ラファエル・コランに師事した。

とにかく骨太い人で、フランス留学中に描いた裸体画を公開しようとした時、公衆道徳に反するとの批判があったが、「終始骨なし人形ばかり描いていて、いつまでも美術国だといっていられるか」と一喝したという。

 

黒田の代表作、「湖畔」は美しい。

湖畔で右手に団扇を持ち、浴衣姿で遠くを見つめる美女のあの絵である。その線は優しく、湖畔と浴衣の青、向こうに見える山の緑が実に涼しげだ。

慶応2年生まれの黒田清輝が、明治・大正の日本美術界に新風を吹き込んだと言える。

 

1910年には、洋画家として初めての帝室技芸員に選ばれ、帝国美術院院長なども歴任した。20年には貴族院議員にも就任している。

1924年7月15日、尿毒症により死去。

57歳、早すぎる死だった。

田中 尚雅
Naomasa Tanaka
クリエイティブ部門を担当する田中尚雅です。MAGAZINの編集長でもあります。
社会が幸福になるには、それを構成する一人ひとりの幸福こそが必須です。 そのために、あらゆる方法で人と伴走したいと考えています。
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