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  被災から10年
Rakza MAGAZINE

被災から10年

2021.03.11
編集長の独り言
田中 尚雅

2011年3月11日(金)14時48分、三陸沖の太平洋を震源とする東日本大震災(正式名称は「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」)が発生した。

地震の規模を示すマグニチュードは最終的に9.0、これはチリ地震(9.5)、アラスカ地震(9.2)、スマトラ島沖地震(9.1)に次ぐ、地球規模でも観測上4番目の大きさの地震となった。

 

地震そのものによる被害に加え、津波・火災・液状化現象・福島第一原子力発電所事故・大規模停電など多岐にわたり、死者・行方不明者の数は1万8434人で、太平洋戦争後最悪の自然災害となった。

特に津波の高さは想定を遥かに上回るものとなり、岩手県大船渡市の綾里湾では40.1mにも達したと見られ、明治三陸地震の最大記録を上回り、観測史上最大の遡上高となった。

 

この凄まじい災害と被害を、我々は決して忘れてはならない。

僕は当時大阪勤務だったが、大阪でもはっきりと揺れを感じ、しかも支社の同じフロアに「ミヤギテレビ」の支社もあったことから、さまざまな被害を目の当たりにすることになった。

 

関東でも液状化や停電、帰宅困難者が相次ぎ、駅や公園は人で溢れた。携帯電話は不通となり、公衆電話の前に大行列ができ、十円玉が不足した。

多くの人が家族や友人と連絡が取れなくなり、数時間から数日の間安否を確認できないことになった。そして、駅やコンビニの灯りが消え、街全体が薄暗くなった。

あの不安を、不自由を、決して忘れてはならない。

 

この日を迎えるにあたり、もう一度しっかりと記憶に留めること、最悪の事態を想像し行動すること、そして躊躇わずにすぐに動き出すことなどを肝に銘じたい。

 

次の災害時に被害を最小にすること。それが多くの被災者に報いることになる。

田中 尚雅
Naomasa Tanaka
クリエイティブ部門を担当する田中尚雅です。MAGAZINの編集長でもあります。
社会が幸福になるには、それを構成する一人ひとりの幸福こそが必須です。 そのために、あらゆる方法で人と伴走したいと考えています。
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