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  双葉山が負けたひ
Rakza MAGAZINE

双葉山が負けたひ

2021.01.15
編集長の独り言
田中 尚雅

1939年1月15日、69連勝を続けていた横綱・双葉山が、前頭4枚目の安藝ノ海に敗れた。

 

このことはもうあちこちに書いているので今更なのだが、とにかくこの敗戦までにはいろんなエピソードがある。

前年の満州・大連巡業でアメーバ赤痢にかかって体重が激減したとか、場所前に力士会長の玉錦が急死して力士会長になったこと、横綱の責任感で休場を考えながら強行出場したことなどがある。

また、連勝が止まったのちに師と仰ぐ安岡正篤に対して打電した「イマダモッケイタリエズ」という電文など敗戦後も多くの逸話に溢れている。

ただ、それもこれも、この双葉山定次の3年ぶりの敗戦が、どれほどの社会的インパクトがあったのかを感じさせてくれる。

 

この69連勝という記録は、平成の名横綱・白鵬がわずかに塗り替えることができていない記録である。(もっとも生涯勝率でも僅かに大鵬の方がまだ勝っている)

しかし、双葉山はその後も横綱として角界を牽引し、さらに時津風一門を率いて大相撲の隆盛に尽くしたこと、くわえて日本相撲協会の理事長として部屋別総当たり制を実施し、相撲茶屋の法人化など改革に尽力したことを考えると、戦前の大横綱というより、歴代最高の相撲取り(力士)という方が相応しいように思う。

ちなみに、のちの大横綱で理事長も務めた北の湖敏満が引退を表明したのが1985年の1月15日だった。

 

大相撲ファンの僕としては、今の土俵を応援しつつ、偉大な力士のことをいつも感じている。

田中 尚雅
Naomasa Tanaka
クリエイティブ部門を担当する田中尚雅です。MAGAZINの編集長でもあります。
社会が幸福になるには、それを構成する一人ひとりの幸福こそが必須です。 そのために、あらゆる方法で人と伴走したいと考えています。
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