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  ディスクジョッキーの日
Rakza MAGAZINE

ディスクジョッキーの日

2020.12.28
編集長の独り言
田中 尚雅

日本のディスクジョッキーの草分けとしては、やはりこの人・糸居五郎。

東京生まれの糸居は、兄の影響で小学生の頃からジャズを聴いていたという。高校卒業後、兄が官吏として赴任していた満州に渡り、そこで英語を学んだ。

 

1941年に満州電信電話株式会社の新京中央放送局にアナウンサーとして入社、当時同局に勤めていた森繁久彌からアナウンス指導を受けた。

帰国後、1951年に開局を控えていた京都放送にチーフアナウンサーとして入社、52年に民放初の本格的なDJ番組「アルファベット・ジャズ」を担当した。

 

54年にはニッポン放送の子会社・株式会社深夜放送に入社、ニッポン放送の開局第一声も担当したという。

59年から「オールナイトニッポン」の前身である「オールナイトジョッキー」を担当。67年に「オールナイトニッポン」が始まると、定年後の81年まで担当した。

まさに、日本のディスクジョッキーの歴史を作ってきた人生であった。

 

1984年12月28日、食道癌により、63歳の若さで鬼籍に入った。

そのことにちなみ、この日がディスクジョッキーの日と定められた。

 

今もあの声を思い出すことができる。

「Go Go Go & Goes On!」

田中 尚雅
Naomasa Tanaka
クリエイティブ部門を担当する田中尚雅です。MAGAZINの編集長でもあります。
社会が幸福になるには、それを構成する一人ひとりの幸福こそが必須です。 そのために、あらゆる方法で人と伴走したいと考えています。
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